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アロマテラピー(芳香療法)の歴史

B.C.3000〜2800年頃 医学上の目的や化粧のために、ミイラ保存用に、シダーウッドやミルラ、ニッキなどを防腐剤として使用されていた。香料としては、フランキンセンス(乳香)、オレガノ、ビターアーモンド、ジュニパー、コリアンダー、ショウブなど(パピルス文書より)。
B.C.1800年頃 エジプト人だけでなく、メソポタミア文明の古代バビロニアでもシダーウッドやミルラ、サイプレスなどが香料として使用されていた。(楔形文字で記された粘土板の記録より)
またバビロニアの国王はオニオン、フェンネル、タイムといった薬用植物を作らせた。
B.C.1500年頃 古代エジプト第18王朝の頃、香料についての知識が深まり、薬と区別されずに、ミルラ、フランキンセンス、シダーウッド、オレガノなどが医療的に用いられた。
B.C.1200〜1000年頃 アーユルヴェーダ医学の源流は、インドに成立した最古の神々への賛歌集「リグ・ベーダ」にみられる。
ヴァータ、ピッタ、カッパの三つのドーシャ説が展開されている古典医学書は「チャラカ・サンヒター」である。内科的な考察に優れている。
「スシュルタ・サンヒター」は外科的考察が多く見られる。
アーユルヴェーダは伝承的に伝えられ、書物として成立したのはずっと後である。
B.C.1000〜500年頃 旧約聖書に香料の作り方の記録が載っている。ミルラ、ニッキ、ショウブ、ケイヒ、オリーブ油を用いた香膏の作り方、配合例などがあった。
B.C.600〜200年頃 ギリシャ医学とほぼ同時に古代インド伝承医学が成立し、今日までアーユルヴェーダとして継続されている。これはエジプトやメソポタミアの薬物学と似ていて、全てインドの植物が利用されていた。香油、香木の浸出油を用いた経穴(ツボ)マッサージは、現在のアロマテラピーに大きな示唆を与えている。
B.C.500〜0年頃 古代ギリシャではガルバナムやニッキ、ミルラを使用し、炎症の治療に、またバラ水が鎮静剤、頭痛薬として使用された。寝床に花を敷いたり、バラ水を頭に降りかけたり、時には内服もしていた。
B.C.460〜377年頃 ギリシャ人ヒポクラテス(医学の祖)が迷信を排し、観察や経験を重要視し、体液論を唱えた。ヒポクラテスは「芳香浴は、婦人病の治療に役立つが、しばしば他の疾患にも有用である」と書いた。
B.C.372〜287年頃 テオフラストスはアリストテレスの弟子で、植物学の祖と言われ、「植物誌」を著した。
B.C.336〜323年頃 アレキサンダー大王(マケドニア王国の王)は13歳から3年間哲学者のアリストテレスの元で学び、19歳で即位した。
東方遠征で東西ハーブの交流
キリスト誕生 東方の三賢人が黄金・没薬(ミルラ)・乳香(フランキンセンス)をささげた。
ミルラは『神の薬』を意味すると言われている。
23〜79年 プリニウスは、古代ローマ将軍で「博物誌」を著した。
100年頃 ギリシャの医師、ディオスコリデスが「デ・マテリカ・メディカ(薬物誌)」で、600種類以上の植物について著した。「ギリシャ草本」とも呼ばれている。現存する複写本として、「ウィーン写本」がある。彼はローマ時代のネロ皇帝統治下で軍医として働いた。
ヨーロッパのみならず、アラビアにおいても広く利用された古典。
129年〜 トルコ人のガレノス(129〜199)が生まれ、後に彼は薬用植物を最初に大別した。
  ガレノスはコールドクリームの創始者。解毒剤などの製剤法の創始者でもあり、動物の解剖を行った医者。
2〜3世紀 中国「神農本草経」。
900年頃 アラビアの宮廷医師(哲学者、論理学、地形学、形而上学、天文学者でもある)アヴィケンが、「カノン・メディキナエ(医学大典)」を著し、香油、香膏を用いたマッサージについて記述した。後にラテン語に訳され、17世紀まで医学教科書となった。また、精油の蒸留法を発明したとされている。イブン・シーナとも。18歳の頃アリストテレス哲学を習得し、「現存するものは全て必然的である」という存在論を展開した。
★精油の蒸留は、錬金術と呼ばれる技術の中で完成されたもので、古代ギリシャ文化に起源を遡る。アラビア、ヨーロッパに定着したキリスト教世界では、古代ギリシャ文化を、異端として排斥した歴史があり、そのために錬金術も黒魔術的なものとして否定される傾向にあったが、イスラム世界アラビアでは、肯定的に受け入れられ、大きな発展になった。
1140年 サレルノのシチリア王により、医師の国家免許ともいえる制度が始められた。
サレルノはヒポクラテスの町と呼ばれるほど医学で有名で、サレルノ医科大学があった。
1095〜1291年 十字軍遠征は、軍事的な意味合いよりも地中海世界の文化交流を促したことに意義が認められる。ハーブや薬草、精油蒸留法などがヨーロッパに伝わった。
1300〜1400年頃 薬用植物は全てに油を入れて加熱され、成分を抽出して使用し始める。
油は患部に擦り込み、今日のアロママッサージの標準になった。また、ローズマリーにアルコールを用いたハンガリー水が誕生した。これは、修道院の僧が、ハンガリー王妃エリザベート1世の手足の痛み止め薬として献上したところ、彼女が若返ったため、「若返りの水」として評判になった。70歳を超えた彼女にポーランドの王子が求婚したと言われている。
1493〜1541年 パラセルサス精油"QUINTA ESSENTIA"の用語は彼の概念によるものとされている。
1551年 イギリスの薬草研究家ウィリアム・ターナー(「新植物誌」)が中国の陰陽の概念に似た考えを唱えた。
1597年 ジョン.ジェラート(1945年生まれ)が薬草誌を出版した。「本草あるいは一般植物誌」を著した。
ジョン・パーキンソンはイギリスのハーバリストで、「広範囲の本草学書」 「英国における薬草書」を著した。
1660年 占星学者と医師であるニコラス・カルペッパー「医術の傑作―医術の美容に関する巻」を著し、芳香水、化粧品などの処方を紹介した。「The English Physicians」
1664〜1665年 ロンドンでペストが大流行。屋内外で粉末香料を焚き伝染病を防いだ。これにより香料の殺菌効果が広く認められた。
1685〜1766年 イタリア人のフェミニスが、ケルンで「オーアドミブル=素晴らしい水」を売り出して好評を得た。胃薬としての役割もあった。ファリーナが事業を拡大し、「ケルンの水」とした。(オーデコロンの語源。)
1696年 ウイリアム・サーモンの著した、「調剤要諦」にナツメグ、アンバー、バラ、シナモン、マージョラムなどを含んだ卒中用香膏の処方が記述されている。
1800年代 多くの精油が科学的に研究され、1882年にウイリアム・ウィットラにより刊行された「薬用物質」には局方掲載の精油が22種類記録された。時代とともに、精油は薬局方から除外され、科学薬剤にとって代わった。
1818年 ドイツ人のJ.J.Houton Labillardier がテルペンの基となるイソプレンを立証した。
1847〜1931年 ドイツの科学者のO.Wallach がテルペン化学の基礎を築いた。
1886年 イギリス生まれのバッチ博士が38種類の花を使った治療法を考案し、「バッチの花療法」を著した。
1928年 20世紀初頭 ルネ・モーリス・ガットフォセ「アロマテラピー」と題する著書を著した。
火傷治療にラベンダーを使用して効果があったことから、化粧品に使われている化学薬品の防腐剤よりも強力な効果を持つ精油が数多くあるとして、その研究を進めた。また、その治療力についても研究した。
1920〜1930年 イタリアのガッティー博士とカヨラ博士が精油の薬としての特性、心理面への作用、スキンケアへの応用などを研究した。
1937年 ガットフォセが「アロマテラピー」の概念を発表。一般性状の説明とともに内服、概要についての解説をした。
1961年 20世紀 イタリアの生化学者マルグリット・モーリー女子がガットフォセの手法を受け継いで、マッサージを中心とする医療療法の基礎を作り、芳香物質を肉体面、精神面、化粧に使う方法を研究した。彼女は古代インド、中国、エジプトなどの芳香物質の利用に関する知識に基づいた論文「生命と若さの秘密」を発表し、一部は英訳された。
イギリスのアロマテラピーに大きな影響を与えた。
1964年 フランス人医師ジャン・バルネ「植物=芳香療法」を著した。第二次世界大戦で負傷した数多くの戦傷者の内服治療に精油を使って得られた豊富な臨床データーに、さらに多くの症状に対して精油を用いて治療したデーターを加えて、次々と論文を発表し、今日のアロマテラピーの発展の基礎を作った。インドシナ戦争にも従軍。
1970年代 ミラノ植物誘導体研究所所長のパオロ・ロベスティは、オレンジ、ベルガモット、レモンなどの柑橘系の香りが、神経症や鬱病に有効だということを発見した。
1977年 イギリスのロバート・ティスランド「アロマテラピー(芳香療法)の理論と実際」"The art of aromatherapy" を出版した。
本書は、1985年に日本語訳が出版され、今日のアロマテラピーブームの火付け役となった。
1985年 「The Art of aromatherapy」が高山林太郎によって邦訳された。
1996年 日本アロマテラピー協会が発足した。
1988〜1999年 アドバイザー、インストラクターなどの資格制度発足、他にセラピスト資格の他任栄光制度などの準備が始まった。
その他の国々の様子 イラク:6万年前のネアンデルタール人の骨の近くから、ノコギリソウ、ヤブルマギク、ムスカリ、ゼニアオイなどが発見された。
フランス:紀元前18000年にさかのぼり、洞窟の壁に薬用植物の利用を示している。
エジプト:ミイラを作るときに、ミルラ樹脂のような芳香製剤を入れた。17世紀にはミイラは売却され、薬に利用されるために蒸留されている。1922年、ツタンカーメンの墓が開けられたとき、香水壷が空っぽだった。(盗まれるものだった)
チベット:チベット医学は芳香植物を多くは吸入して使っている。
ヨーロッパ:ロンドンの手袋屋たちは、エッセンシャルオイルを商品にしみ込ませる許可を得て、多くの人が大疫病を切り抜けて生き抜いた。
フランス、ベルギーなど 完全なるメディカルアロマテラピーで、精油の処方中心の治療法で、内服、外用ともにに行われている。
医師による処方、薬剤師による調剤の形を取り、1990年までは健康保険の対象であった。しかし、現在は財政上の問題で認められなくなっている。
パリの医大では、自然療法を専門的に究めることを希望する医師を対象にした大学院のコースを新設しているところもある様子。
イギリス式のアロマセラピストはフランスにはないが、医師以外でも、多くの自然療法家や理学療法士などが違った形で実際に精油を使用している。
イギリス 医師、看護師、セラピスト等で活動の中心はセラピストである。
イギリスでは、化粧品の美容的な要素が強く、アロママッサージを中心とした方法と、医療のケアなどに多く利用されている。
セラピストは国家資格ではなく組織が認めた資格制度。
ドイツ 医師、薬剤師が中心だが、この国独自のハイルプラクティカー(自然療法士)としての資格制度がある。
国家資格で、医師と同様な治療ができるが、婦人科、歯科の領域は治療ができず、医師と共同で仕事をすることは認められていない。
自然療法はアロマテラピーの他、植物療法、ホメオパシー(同種療法)バッチ療法、心理療法、オゾン療法、入浴療法など多くの自然療法をすることができる。
アメリカ、カナダ イギリスほど古くはないが、影響を受けている。
医学界はまだあまり関わりを持っていない。アメリカで全米医師会や食品医薬品局の強い規制があるためと思われる。
自然療法家が正規の職業として認知されている3州では、植物エキスや精油を使用することに興味を持っている。


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